難聴とは病気の名前ではなく、「聴こえにくい」という症状のことです。
診察をしていると、しばしば「難聴と診断されましたが、音は聞こえているんですよ…」と怪訝(けげん)そうにおっしゃる患者さんがいらっしゃいます。「難聴」というと「全く聞こえない病気」と誤解している方が少なくないのです。難聴は症状なのですから、その原因の病気は1つではなく、当然、それに対する治療もさまざまです。現在聴力が障害されている(=難聴)のか、その原因である病気が治るのかどうか、難聴が進行するものかどうか、ということを、しっかり診断することが重要なのです。

難聴の原因

難聴について理解していただくために、まず、「聞こえ」の仕組みをご紹介します。
耳は、
①耳介(じかい)と外耳道から成り立つ「外耳」、
②鼓膜より内側の空洞で音を伝える小さな3つの耳小骨(じしょうこつ)がある「中耳」、
③さらに内側の骨の中にあるリンパ液で満たされている「内耳」
の3つの部分からできています。

外耳は、入り口(いわゆる耳の穴)から鼓膜までの大人で約3.5cmの距離です。
お子さんはそれより短く、10~15歳でほぼ成人の長さになります。
鼓膜は、厚さ0.1mm以下の非常に薄い膜で、直径約8mmの楕円形をしています。

鼓膜の内側の中耳は、前端に耳管(じかん)という細い管があって、鼻の奥の上咽頭(じょういんとう)というところに通じています。耳管には、中耳にたまった液体を排出したり、食べ物を飲み込む時に一瞬開いて中耳の圧力を大気圧と同じに調整して鼓膜を正常に保つ働きがあります。飛行機に乗ったり高い山に登ったりして耳が詰まったように感じた時に、唾(つば)を飲んだり、あくびをすると治るのは、耳管が開いて中耳の圧力が調整されたからです。健康な大人の方なら、3~4回、物を飲み込むと中耳圧を調整できると言われています。
しかし、お子さんの耳管は大人より未熟で軟らかいので物を飲み込んでも耳管がうまく開かないので、飛行機の降下時に中耳の圧力が調整できません。
そのため、お子さんは飛行機の乗ると強い耳痛を起こしたりします。
また、中耳にある耳小骨(じしょうこつ)は、外部から音として鼓膜に伝わった振動を内耳に伝える働きをしています。

次に、内耳は、耳の入り口から約5cm奥の骨の中にあり、蝸牛(かぎゅう)という音を感じる部分と、前庭(ぜんてい)や半規管(はんきかん)という頭の回転や傾きを感じる部分からできています。
蝸牛は名前のとおりカタツムリの形をした器官で、うずの巻き始めの基底部分が高い音、外に回転していった上の部分になるほど低い音を感じるようになっています。音を感じているのは蝸牛のなかにある「有毛細胞」という毛の生えた細胞なのですが、この細胞は傷ついて死んでしまうと二度と再生されません。内耳の病気を原因とする難聴が治りにくいのはこのためです。またこの有毛細胞は、これといった病気をしなくても、年齢とともに高い音を感じる蝸牛の基底部分から次第に脱落していきます。高齢になると耳が遠くなるのはこのためで、程度の差こそあれ、誰でも起こる症状です。

音は、耳介で集められて外耳道に入り、鼓膜を振動させます。
鼓膜の振動は3つの耳小骨を経て内耳に伝えられ、内耳の有毛細胞の振動を電気的信号に変換して聴神経を通じて脳に伝達され、私たちが音として認識しているのです。
つまり、この経路のなかのどこが病気になっても、難聴が引き起こされるわけです。

難聴の種類

難聴は、原因である病気の起こる場所により、①伝音性難聴、②感音性難聴、③混合性難聴――の3つに分けることができます。

①伝音性難聴

外耳や中耳までの病気で起こる難聴です。
伝音性難聴は慢性中耳炎や滲出性中耳炎など主に中耳の疾患で見られます。

②感音性難聴

内耳から中枢の病気で起こる難聴です。
感音性難聴は突発性難聴、騒音性難聴、一部の老人性難聴、メニエール病などの内耳の病気、聴神経腫瘍などの中枢の病気で見られます。

③混合性難聴

伝音性難聴と感音性難聴の双方が原因で起こる難聴です。
多くの場合の老人性難聴は混合性難聴で、どちらの度合いが強いかは患者さん個人個人により異なります。

難聴の診断

難聴を訴える患者さんの診察では、まず外耳から鼓膜までを耳鏡を用いて直接観察します。
例えば、耳垢(じこう:耳あか)が外耳道に詰まっていたり、鼓膜が破れたりして起こった難聴ならば、この診察で容易に診断できます。
中耳に滲出液(しんしゅつえき)がたまる「滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)」も、鼓膜の観察で分かります。
しかし、中耳の深い部分や耳小骨の異常は、直接観察することはできませんから、聴力検査などの機能検査を行うことで原因を突き止めていきます。
聴力検査と言っても、単に音が聞こえるかどうかということだけではありません。
ピーッピーッという単純な音(純音)の聞こえを検査する「純音聴力検査」だけでなく、語音の弁別を調べる語音聴力検査、音の大きさの変化の弁別能を測る検査、持続する音に対する反応をみる検査、鼓膜の状態を検査するティンパノメトリー、音への反射をみるアブミ骨筋反射検査、聴性脳幹反応(ABR)や聴性定常反応(ASSR)をはじめとする誘発脳波検査、内耳の働きをみる耳音響放射検査など、必要に応じた多くの種類の検査があるのです。

突発性難聴について

近頃、有名な歌手などが罹患したことから、テレビや新聞などの「耳の病気特集」で必ずといっていいほど取り上げられる病気が「突発性難聴」です。

突発性難聴は、
①突然発症する、
①原因が分からない、
①音がほとんど聞こえない

という3つの特徴を持っています。

突発性難聴は、ある日目を覚ますと突然、あるいは昼間は何でもなかったのに夕方になって突然めまいがしたと思ったら、突然、片側の耳が聞こえなくなったりします。
時には、耳が詰まるような耳閉感を感じたり、耳鳴りを感じたりもします。
典型的な場合には、何月何日何時何分というくらい、発症した時間がはっきり分かるくらい突然に発症するのです。
突発性難聴は、10歳以下のお子さんには少ないですが、大人ではそう珍しい病気ではなく、逆に誰でもかかる可能性がある病気でもあります。
症状も、片耳が全く聞こえず、めまいがひどくて起きていられないような重いものから、少し耳鳴りがしたり耳閉感を感じる程度の軽いものまでさまざまです。
軽症の患者さんは、そのうち良くなるだろうと様子をみている場合が少なくありませんが、早期の治療開始が予後に影響を与えますので、程度が軽くてもできるだけ早く受診することが大切です。

突発性難聴は、内耳の神経系に異常が見られる感音性難聴の代表的なものです。
その原因は、寝不足や風邪が引き金になる場合もありますが、ほとんどの場合、特別これといった原因が見当たらないのが特徴です。
最近の研究では、内耳の聴こえの神経への血流障害やウイルス感染による障害であると考える説が有力ですが、今ひとつはっきりと分かってはいません。

治療法は、発症から数日以内で症状が軽度の場合は、ストレスを避け安静にしながら、ビタミン剤や循環改善剤を投与して様子をみます。
それでも改善しない、もしくは症状が悪化する場合は、適切な病院等をご紹介しています。
突発性難聴は、残念ながら治癒率約70%、つまり約3人に1人は治らない病気です。
しかし、難聴の程度が軽ければ軽いほど、治療開始が早ければ早いほど治る確率は高いです。
できれば48時間以内、遅くても1週間以内に治療を始めることが重要で、順調な方では1~2週間で治る、あるいは回復傾向が見られます。
逆に発症から1カ月を過ぎての治療開始では、治る可能性は非常に低くなります。

治らなかった場合に特に注意したいのは、難聴の原因が「聴神経腫瘍」でないことを確認する必要があるということです。
聴神経腫瘍は良性ですが脳腫瘍の1つで、治療は大きな病院での手術が第一選択です。
そして、この聴神経腫瘍の約10%は突発性難聴の形で発症すると言われています。

いずれにしても、突発性難聴は早めの治療が重要です。